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こんにちは 荒蒔です。

年末年始。お正月なので、

本日は、京都シリーズ第二弾です。

私は、札所巡りは(西国33カ所巡り・坂東33カ所巡り等)の経験があります。

また、京都を見る角度が変わると思います。

西国33カ所観音巡礼は、2府5県に跨る最も歴史のある観音霊場巡りです。

日本の巡礼を大きく分けますと、四国88カ所遍路と日本百観音巡礼と云われております。

四国88のいわれは、男の大厄42才+女の大厄33才+子供の13才(13参り)

を合計数と、もう一つのいわれは釈迦の遺跡の八塔の霊士にちなみ、その八を重ねました。

観音巡礼の100は、西国33カ所+坂東33カ所+秩父34カ所を合わせて、

日本百観音といいます。

西国33カ所は、

北は京都の成相山

南は和歌山の那智山 

東は岐阜の谷汲山(たにぐみざん) 

西は兵庫県の書寫山(しょしゃざん)〈西の比叡山と呼ばれている〉です。

西国33カ所のうち特に京都は、11カ所を占めます。

順番に紹介しますと、

第十番三室戸寺・第十一番上醍醐時・第十五番今熊野(観音寺)・第十六番清水寺

・第十七番六波羅蜜寺・第十八番頂法寺(六角堂)

・第十九番革堂 行願寺(こうどう ぎょうがんじ)・第二十番善峰寺(よしみねでら)

・第二十一番穴太寺(あなおじ)・第二十八番成相寺(なりあいじ)〈宮津市天橋立〉

・第二十九番松尾寺〈舞鶴市〉。

西国33カ所の33のいわれは、養老二年(718年)に、

徳道上人がこの霊場を創設した時に遡ります。

閻魔大王から、33の観音様を祀る寺に参ることを世人に勧めよと。

また、しからば、苦悩から解けると。

ここから、33カ所の観音霊場巡礼が始まりました。

33カ所以外に番外が3カ所あります。

・奈良の法起院・京都の元慶寺(西国札所中興の祖・花山法皇が仏門に)・兵庫の花山院。

(実は西国33カ所観音巡礼を3か月で走破)

※京都元慶寺の開山の、遍昭僧正は、桓武天皇の孫にあたる方です。

遍昭の有名な一句。

「天津風 雲の通い路 吹き閉じよ 乙女の姿 しばしとどめん」

(百人一首)。参考まで。

33カ所の満願(結願)の前後に、

高野山か信州の善光寺のどちらかに行かなければなりません。

33カ所巡りの時に、納経帳と掛け軸(別写真参照)に御朱印をしてもらうためです。

 京都を語る上で 33カ所巡りは必要なのか

京都11カ所の中の第十六番の清水寺は、何回か足を運んでいましたが、

札所巡りで、十一面千手千眼観世音菩薩を知りました。

第二十番善峯寺に行き、樹齢600年以上の遊龍の松は感動し、(札所巡りで初めて知った)

また、近くには出向いた、新33カ所巡礼第十七番揚谷寺(ようこくじ)は、

目に効用があるといわれています。

それから、第二十八番成相寺は宮津湾を区切るような、

3キロ、幅約110メートルから狭い所で、37メートルの砂嘴(さし)。

海と砂と松と空、極楽浄土へつながる橋を連想。

この札所巡りの機会があったから行けたと思っております。

京都では、葬儀の夜や逮夜(初七日)に、不幸の家に集まりがあり、

仏前で御詠歌をあげます。

このしきたりを京都では、「尼講(あまこ)」と呼んでおり、

〈尼講(あまこう)を京都ではこう呼ぶ〉

町内の奥様方が集まり、ご遺体や、位牌の前で御詠歌を昌詠(しょうえい)致します。

あげる御詠歌は、霊場巡りの時に唱える、巡礼歌西国33カ所のものがよく知られています。

『ちちははの めぐみもふかき こかわでら ほとけのちかい たのもしのみや』

(浄瑠璃で歌われている)と歌います。

参考までに、結願の第三十三番の谷汲山(岐阜県)の御詠歌は、

過去・現在・未来を歌っております。

第十番三室戸寺(牛の木造あり)第十一番上醍醐寺は、

懸崖造りの如意輪堂と理性院の千体地蔵がお勧め。

聖宝さま(しょうぼうさま)は後の理源大師と准てい観音(子宝観音ともいわれている)

を祀っております。

理源大師が、修行に相応しい山を探し求めて、仏法の聖地を築こうとしたときに、

谷間に小さな泉が湧き出た。すると一人の老人が現れ、

泉の水を「ああ、醍醐味なるかな!」、と言って飲んだのです。

醍醐味とは、釈迦が菩提樹の下で悟りを開いたとき、

そのきっかけとなった、飲み物の味をさす言葉だそうです。

第十五番今熊野観音寺は、後白河法皇の頭痛平癒霊験記で有名。

第十六番の清水寺は、1993年発行の京都再発見(21世紀社ワニ文庫発行)の中に、

清水寺の《多宝閣》が紹介され、それを見て、新幹線に飛び乗り清水寺に向かいました。

清水寺の社務所に出向くと、多宝閣は非公開であり、アポなしでは無理とのこと。

それよりも、なぜ多宝閣を知ったのかと迫られました。

(私を檀家と勘違い)多宝閣を観るためにはと思い、住職様と交渉を重ねて、

東京から来たからということで、高い拝観料でしたが、

四方20メートルの壁面に4000体の四仏を配した直方体の空間、

これを階上から約40メートルの高さから底面の巨大な仏足石を見ました。

直立した巨大な仏の胎内に入る疑似体験を促す仕組み。

照明、音響には、最新ハイテクのシンセサイザー(私の想像)を使い、

ものすごい感動をしました。

(その後2回ほど足を運んだ)テレビ・書籍で多くを取り上げているので、

清水寺の狛犬について一言。

仁王門の石段下に建つ狛犬(通常は神社の鳥居脇が狛犬)清水寺の奥に「地主神社」が

あるから、寺と神社の共通の入口仁王門の狛犬は、どちらも口が開いています。

『阿』と『阿』(通常は阿吽)⇒釈迦の教えを大声で、説くために大口を開けております。

第十七番六波羅蜜寺は、

平成元年当時、

〈布施〉施しであるが施ししたことを心にとめず、代償を求めない。

〈持戒〉自ら戒めること

〈忍辱〉耐え忍ぶこと

〈精進〉普段の努力

〈禅定〉落着き

〈智慧〉先に述べた五つの徳目、即ち、助け合い、ルールを守り、耐え忍び、励み、

自己を見つめ、そして、苦難を乗り越えて、実践しなければいけません。

頭でわかったこというのは、智慧ではありません。

片寄らない道を幸福に向かって進み、六波羅蜜寺とは何かと、

問いかけることが大切です、、、と。

第十八番六角堂 京都の中心へそ石。

遣隋使としての使命を果たして帰朝した小野妹子は、

名を専務と改め、この池の畔に坊を建て、本尊を守護し、宝前に花を供え、

代々受け継がれて、やがて我が国華道として池坊が基礎を確立いたしました。

※大阪の河内長野市の茶花の里には、花供養碑が建てられ、

司馬遼太郎氏の「ふりむけば 又咲いている 花三千仏三千」の碑文が刻まれております。

第二十八番成相寺のご存知の通り天橋立は、

日本三景(残り二つは松島・宮島)の一つであり神秘的、神秘的な美しさ、

白砂青松はまさに絶景。第二十九番松尾寺以上ここまでが京都です。

次に琵琶湖の竹生島(京都から見て鬼門方向であり、

京都シリーズの『京都風水』取り上げます)にある、第三十番宝厳寺は、

青い湖水に浮かぶ白い断崖と緑の島です。

神亀(じんき)年間(724~728年)に建てられました。

修験道の役行者がこの島へ渡り岩窟で修業中、弁財天の霊験を得、

持参の竹の杖を地にさして、

この島が霊地であるならば、竹が成長するべしと、弁財天に祈願。

すると竹の杖が二股になったとのこと。

日本の三大弁財天は、ご存知の通り、竹生島・広島の厳島・神神奈川の江の島です。

巡礼の心として、聖地・霊場を巡ることで、小生は、心の安らぎ、深勝行楽、

人生の経験を積む、心身の鍛錬と思っております。

西国33カ所観音巡礼の中で、特に印象に残った法話は、

第九番興福寺南円堂の貫首多川俊映様〈立命館文学部哲学科心理学専攻卒〉の

「物事の本当のスガタを見る、清らかな見方をする、損得から離れた見方をする、

分け隔てのない見方をする、その人の立場に立ってみる」であると。

真観・清浄観・広大智慧観・悲観・慈観のいわゆる五観に心が及ばないといけないと。

小生、日々努力中。

次の京都シリーズは、魔界都市・京都を取り上げます。