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こんにちは 荒蒔です。

『たどり着いた京都』としたシリーズものを、本日から書きたいと思います。

これから、東京オリンピックもございますので、いい機会と思い書きました。

やはり、京都の歴史。奥が深いですね。

私は、京都嵐山に、中国の周恩来総理記念詩碑があることを知り、

出向いたことがあります。

何度かご紹介いたしましたが、学生時代は卓球の世界選手権に出場し、

中国政府から友好試合の日本代表メンバーで出場しておりました。

当時中国首相の周恩来と握手したことが、大変思い出になっております。

当時中国とは国交が無いため、東京羽田空港から香港空港へ、

そこから鉄道で中国北京へ移動したものです。

この歌は、“平安京 音の宇宙” 作者中川 真様がきっかけで作りました。

私の歌詞はこちら⇒京都の音舞台

やっと『たどり着いた京都』をコメントするきっかけ

梅原猛の「隠された十字架」

スタートは奈良の法隆寺から(大阪へ10年間転勤あり)その後京都へ

阪急電車編集 京都散歩シリーズ

京のみ仏 国宝・重文30か寺集印の旅(平成2年5月結願)

別冊宝島 京都魔界めぐり 日本最強の魔界都市・実体験ガイド(1994年発行)を読んで

天才司馬遼太郎の「歴史を紀行する」の中の“好いても惚れぬ”権力の貸座敷(京都)から

「ペルシャの幻術師」の中の“兜率天の巡礼”に上品(じょうぽん)蓮台院が掲載

やっと『たどり着いた京都』を書こうと思った動機

私は、京都東山区東大路通る、東入馬町三丁目の三島神社に行って、

驚いたことがありました。

なんと、秋篠宮天皇が、安産の祈願で出向いていた事を知ったのです。

京都右京区梅ケ畑高尾町神護寺の、薬師如来像(国宝)は民を救う仏ではありません。

宮内庁が管理している、仙洞御所・修学院離宮・桂離宮は無料で説明員付き。

特に修学院離宮は、必見。超お勧めです。こんな庭園があるとはと驚いてしまいます。

京都が1200年以上の伝統を持つ根づよい『都市感覚』と、

『文化秩序の感覚』があることと、

京都の『遊びの精神』と『仲間所有が支える共和国の雰囲気』を感じました。

ガイドブックにもない 京の隠れ寺の紹介

祇園花街の眼疾(めやみ)地蔵と親しまれている仲源寺では、

南座の近くにあり、さほど広くありません 。

境内に入ると、表のざわめきが遠い潮騒のようにひそかになります。

ろうそくが点き線香の煙がたちこめ 、お参りに人が絶えない。

別名雨疾地(あめやみ)地蔵〈鴨川の氾濫を防いだ〉があります。

目の悪い人を助けたことから「雨止」が転じて「目疾」となったとされています。

今も地蔵尊の右目は赤い。超お勧めなので、足を運んでください。

その他、モミジの永観堂のみかえり阿弥陀・阿弥陀堂の格天井各枠に、

百花の図(一つとして同じ図柄はない)長谷川等伯の竹虎の図・狩野元信の花鳥図や、

楓雉子や草花、牡丹孔雀等が襖に描かれています。

岩倉・宝ガ池の円通寺・妙満寺・実相院・蓮華寺等を回っているときに、

京都市左京区上高野上荒蒔町(自分の本名の地名)を見つけということです。

そして、奈良県荒蒔町の近くで、葬送儀礼の荒蒔古墳が見つかった記事をみて出向きました。

自分のルーツ調査で、奈良県の談三神社に出向き大化の改新の藤原鎌足・不比等氏を祀った

談三神社発行の家系図の中に荒蒔がありました。
京都について(個人的な意見として大きく4つの事)

1.京都に関する書物・情報が多大でまとめるのが大変・困難

2.京都に嵌まったら時間と費用がかさみ自制がきかない。

3.京都に関する歴史の重みに触れると、自分なりの日本人のルーツが見えてくる

4.京都人になる病気を引き起こす

「濾過性病原体」〈平安菌=ミヤコウイルス〉が疼いてしまう

京都以外で荒蒔基邦が出向いた中で、

超お勧め(記事等取り上げられていない)

滋賀県湖東三山の百済寺から歩いて10分の来迎山引接寺(いんじょうじ)

 

滋賀県の石塔寺(いしどうじ)は、司馬遼太郎の歴史を紀行するから“

近江商人を創った血の秘密から” 紹介。その他滋賀県伊香郡高月の

渡岸寺観音堂(どうがんじかんのんどう) 向源寺(こうげんじ)とも言いいます。

平安前期の木彫仏の代表 十一面観音像 一木造 司馬遼太郎の

“微光のなかの宇宙” 私の美術観の中から 。最後に、奈良県大野寺石仏(弥勒摩崖仏)をお勧め大分の熊野摩崖仏・臼杵の石仏も良いと思います。

京都には、色々な歴史があり、未だこの歳になって興味がわいてきます。

また、京都について、記事を書いてみたいと思います。

こちらもよろしく、お願いいたします。

『たどり着いた京都』 参考文献